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【二次創作】拝啓、公爵閣下 ── Dear His Grace ──

二次創作
08 /03 2014
二次創作について」でも予告した通り、今回から不定期にトーマスの二次創作作品を投稿していこうと思います。

記事名から大体の想像は付く人もいるかと思いますが、今回は劇的な過去を持つあの機関車が主役です。
なにぶんつまらない作品ですが、楽しんで読んでいただけたら幸いです。なお今回は、トーマスの二次創作として見るよりは寧ろトーマスと関係なく一つのヒューマンドラマとして読む方が楽しんでいただけるのではないかと思います。


   拝啓、公爵閣下

デューク像


 拝啓、公爵閣下。
 閣下は今、どこで何をしておいでなのでしょうか。
 私はと言うと、だいぶ前にこの暗く狭い機関庫に閉じ込められ、もう随分と長いこと動いておりません。とは言っても、外の様子が分かりませんからどれほどの時間が経ったかも定かではありません。自分では百年や千年の歳月を経たようにも思われます。
 閉じ込められたと言っても、決して悪事を働いて罰せられたとか野蛮人に捕らえられたとかそういったことではありませんのでご安心ください。仮にそのようなことがあれば、閣下のお名前に傷が付きますからね。
 閣下はご存知でしょうか、私共の働いていた鉄道は不景気で閉鎖となりました。もっとも、初めてこの島に来てから六十年以上も島の外に出たことがない私には、世の中で何が起こりどのような経緯で島が不景気となったかも分かりかねます。機関車も鉄道員も誰一人残らず鉄道を去り、一号機関車である私だけがここに封印されました。
 さて、人間にとっても機関車にとっても、人生で最も有意義な暇潰しは睡眠である、というのが私の持論です。眠れば何もかも解決されるような気がしてならぬもので、私はこの機関庫に入れられてからずっと目を閉じたままです。もし再びこの瞼を開いたとしても、きっと瞳に映るのは暗闇だけ。ならばこの場所で一生眠り続け、朽ちて機関庫の木材と同化し山の一部にでもなってしまった方がよろしい。⋯⋯頭ではそう考えていても、いつかこの暗く狭い機関庫の扉が開き、閣下が目の前に現れるのではないか、そんな希望的観測を捨てられぬまま眠り続けている次第です。
 閣下は今、どこで何をしておいでなのでしょうか。

 ◇

 重役がドアを開けると、そこに見知った顔が二つあった。
「やあ、お二人ともようこそおいでくださった」
「こちらこそまたお会いできて光栄です、ミスター・ファーガス・ダンカン」
挨拶する二人を見て、相変わらず体格差の激しいコンビだな、と重役は内心で思う。一方は痩せていて少し背が高く年齢の割に髪が白い。もう一方は太っていて少し背が低く年齢の割に髪が黒い。同じように黒い服を着て眼鏡を掛けた牧師だというのに、こうも異なる姿に見えるものだろうか。
 重役は二人の牧師を奥の部屋へ通した。室内のテーブルには予め大量の地図と資料が用意してある。二人がテーブルを囲んで座った。
 重役が自分のパイプを口にくわえ再び離したところで、太った方の牧師──テディ・ボストン師がまず口を開く。
「大方の話は聞きました。だが、改めて最初から説明していただけるとありがたい」
重役が頷き、資料をめくりながら話し始める。
「一九四七年、この島の北西部にあった小さな鉄道が廃線となった。これに関してはあなた方もご存知かと思うが、かつてそこにあった古い鉄道こそが中部ソドー鉄道で、そこに最も古くから所属していた蒸気機関車がデュークだ」
それから重役は島の地図を広げて二人に見せる。
「中部ソドー鉄道は十九世紀末に開通した非常に古い鉄道でね。島の北部にある大きな町ピール・ゴッドレッド郊外の駅から北西部にあるアールズバーグの港までを結んでいた。開業当初から経営状況は厳しく、機関車や客車の所有台数も少ないものだった。赤字を回復するために自分の鉄道の車両を売却することも珍しくなかったと言う」
二人の牧師は双方とも自分の眼鏡を掛け直しながら重役の話を熱心に聞いている。
「そんな中、一九二三年、島を横断するソドー鉄道本線のほぼ中間地点から北のピール・ゴッドレッドまでを結ぶ新しい支線が開通した。電気機関車が走るような最新式の路線でね。当然、人々はそちらを利用するようになり、いつしか中部ソドー鉄道を使う人間はいなくなった。アールズバーグの港にも連絡船が入港しなくなり、更には鉄道の財源であった多数の鉱山も不景気の影響で一つ一つ閉鎖され始める。そこで第二次世界大戦が勃発し、機関車達はボロボロになるまで働いたが、仕事は殆どなくなってしまった」
重役が牧師達を見ると、二人ともやり切れなさに顔を歪めているように見える。
「戦後、鉄道の近くに残っていた最後の鉱山が閉鎖された。そして一九四六年の冬にとどめを刺すように大洪水が発生し、遂に翌年一月、廃線に至ったというわけだ。三号機ファルコンや四号機スチュアートといった若い機関車はいずれも売りに出されたが一号機のデュークだけは買い手が見つからず、鉄道の途中にあるアールズデールの機関庫に一台だけ取り残された。これが今から二十二年前のこと。既に機関庫は埋もれ、今ではデュークがどこにいるかも分からない」
重役はもう一度パイプを口にくわえた後、アールズデール鉄道の大地図が貼られている壁の前に立って地名を指し示した。
「我々が運営するこの鉄道は、その古い鉄道の跡に敷いたものだ。我々の鉄道はアールズデールの村の南部でカーブし、終点に辿り着く。一方、中部ソドー鉄道の方はそのまま真っ直ぐ進み、村の北部を通って山間に入って行く。ほら、ここに古い駅の印がある。デュークがいるとしたら、きっとこの駅の辺りだろう」
 重役が一通り話し終えて二人の牧師に目をやると、ボストン師は壁の大地図を見ながら手元にある島の地図としきりに照らし合わせている。一方、痩せた方の牧師──ウィルバート・オードリー師は、手元にあるアールズデール鉄道の簡易地図をじっと見つめていたが、間もなく
「ご説明ありがとうございます、全て承知しました」
そう言って立ち上がり、愛用の黒いハンチング帽を白い頭に載せた。
「我々の手で、必ずやデュークを捜し出しましょう」
ボストン師も立ち上がって重役の方を向き、楽しそうに笑った。
「またバート君達に協力してもらうことになりそうですな」

 ◇

 拝啓、公爵閣下。
 私は、現公爵家の初代当主すなわち閣下の御曾祖父の代からこの地で働いてきました。そもそも閣下も散々聞かされてきたことでしょうが、ソドー公爵家は実に由緒正しき家であり、その歴史は十五世紀まで遡り、当時のソドー公は野蛮人からこの島を守ったと伝えられています。十八世紀から十九世紀にかけての公爵家は悪政によってその地位を一時的に奪われましたが、一八七三年、新たに公爵となられた先々々代は公爵家の失われた名誉を取り戻しました。そればかりでなく、彼はこの地に鉄道を走らせようというご英断を下されました。こうして先々々代が新たな初代ソドー公に叙任なさってから六年後、新しく敷設されるべき中部ソドー鉄道の最初の機関車として製造されたのが私です。人々は公爵を称え、その名誉に因んで私をデューク(公爵)と名付けました。このことは私の生涯の誇りと言っても過言ではありません。
 歴代の公爵は初代に限らず聡明な方ばかりでした。二代目である先々代は父公の残した領地や鉄道といった遺産を一層磐石なものになさりましたし、三代目であり閣下の父公であらせられる先代は中将の位を得てソドー連隊を率い、第一次世界大戦を勇敢に戦い抜かれました。そして、このように優れた歴代公爵の血を引く閣下もまた、四代目公爵としてこの島を治めるに相応しい器量と人望をお持ちです。閣下より四十年も長くこの島の歴史を見てきた私が申すのですから間違いありません。
 閣下がお生まれになったのは、この鉄道が閉鎖される三十年ほど前、ちょうど連合国軍が第一次大戦に勝って先代が凱旋を行った頃でございました。その時、私は先代を居城近くの駅までお送りしたのですが、息子が誕生したと聞いた時の彼の嬉しそうな顔は今も忘れられません。その顔は、戦争に勝ったことに対するよりもずっと大きな喜びに満ちておられました。
 閣下は覚えておいででないかも知れませんが、幼い頃の閣下はとにかく鉄道や機関車がお好きな少年でいらっしゃいました。毎年、夏になると閣下は父公と連れ立って、私が牽く観光列車ピクニック号に乗りにいらしてくださりましたね。閣下は祖父の顔を知らずに育ちましたから、恐縮ながら私をその代わりのように思ってくださっていたのではないかと思います。どこか自由奔放なところがおありで、自分専用の機関車が欲しいだとか公爵家の居城まで鉄道を走らせてほしいだとか我儘を言って父公を困らせることもございました。ちょうど当時は私も若い後輩機関車の教育に手を焼いておりましたから、閣下の養育に頭を悩ませていらっしゃる先代のお気持ちがよく分かりました。
 そんな閣下もおよそ二十年後には先代の跡を継いで立派なソドー公爵となられたのですから、時の流れるのは早いものです。あれは確か、この鉄道の閉鎖より五、六年ほど前のことだったでしょうか。そう、ちょうど島の外で戦争──いわゆる第二次世界大戦が激しさを増し始めた頃です。私が終点の駅まで物資を届けに行くと、町の郊外でソドー連隊が訓練をしているところでした。隊を率いる若き閣下は既に中佐にまで昇進しておいででしたね。とは言え当時は父公である先代が亡くなって間もない頃でしたから、閣下の悲しみはいかばかりかと気掛かりでございました。しかしその心配は無用のものでした。そうです、訓練を終え私に気付いた閣下は、近付いて来るなり笑顔でこう仰ったのです。
「久しぶりだな、デューク。今回、我々ソドー連隊も例の戦争に参加することになった。なあに、心配するな。二十五年前の戦争で勇敢に戦った亡き父の名誉を維持するためにも、私はこの戦いに勝ち必ず帰って来る。戦勝の暁にはリチャードと一緒に君の列車に乗って凱旋を行うつもりでいるから、よろしく頼むぞ」
二十代にして閣下には既にソドー公爵に相応しい威厳が備わっていました。ほんの少し昔には父親に甘えてばかりいた少年が、今では立派に軍隊を統べておられる。そればかりか父親を失った悲しさを周囲に微塵も見せることなく、まだ幼いご子息のために今度は自分が偉大な父親になろうと決意を固めておられる。その凛々しいお姿を先代がご覧になったらどれほど喜ばれるだろう、私はそう思いました。
「それは今から楽しみです。無事のお帰りをお待ちしておりますぞ」
私が感極まりながらも落ち着いて答えると、閣下は満足そうに微笑み、くるりと背を向けて訓練に戻って行かれましたね。私はその背中にこの上ない頼もしさを感じながらも、いささか血気に逸りすぎているのではないかと一抹の不安も覚えました。
 それから間もなく出征していった閣下のお姿を、私は今日まで再び見てはおりません。
 閣下は今、どこで何をしておいでなのでしょうか。

 ◇

 屋根のない客車に三人の男を乗せ、小さな青い機関車バートの列車は快調に進む。
「そうそう、あなた方が三年前に発表してくれた絵本や写真のおかげで、この鉄道も目覚ましく繁盛するようになりましてね」
「それは良かった。まあ、繁盛の要因としては僕の写真ではなくウィルバートの絵本に依るところが殆どだと思うが。けれど何はともあれ、全て我々の取材を快く許可してくれたあなたのおかげです」
過酷な捜索を前に気を紛らわそうとしているのか、ボストン師と重役は世間話を繰り返していた。
「しかしいつも思うが、あなたは実に良い鉄道と良い機関車をお持ちだ」
「そう思うかね」
ボストン師の言葉を聞き、重役は満更でもなさそうな様子でパイプをくわえた。そこへオードリー師も口を挟む。
「そうですとも。この鉄道の機関車は車体こそ小さいが、人々の役に立ちたいという気持ちは誰にも負けない。性格や得意なことこそ違えど、どの機関車も同じように役に立つ」
「役に立つ、か。機関車にとって最高の褒め言葉ですな」
「ええ。デュークだって、彼らと同じくまた役に立つ機関車になりたいと願っているはずだ」
そう言いながらオードリー師もパイプをくわえる。そして再び口から離した時、ちょうど煙を吐くタイミングが重役と重なった。二人は顔を見合わせ、思わず苦笑いを浮かべる。
「不思議なものです。タバコを吸っていると、まるで自分が蒸気機関車になったような気がしてくる」
「その通りだ。だからこそやめられなくて困る」
彼らは愉快そうにもう一度笑った。
 羊が屯する静かな渓谷に、バートの汽笛がこだまする。消えた機関車デュークも二十年前までこの地を走っていたのだと思うと三人とも胸が熱くなり、すぐにでも彼を救出して幸せにしてやりたいという衝動に駆られる。鉄道や機関車に対し強い思い入れを持って生きてきた彼らだけが理解できる衝動だ。
「ところでテディ。アールズバーグの港から出発する時、古いお城が見えただろう」
「ああ、見えたな」
地図を開きつつオードリー師が問い、それにボストン師が答える。
「では、あの城は誰が造らせたものだか分かるかい?」
「分からない。そんなの考えたこともないよ」
「十世紀にソドー島の王様だったゴッドレッド王という人物があの地に城を建設し、町や港を整備したと言われている。君も名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「ああ、聞いた気がする。君からな」
「アールズバーグはかつて中部ソドー鉄道の西の終点だったわけだが、東の終点だったピール・ゴッドレッドにもゴッドレッド城という城の跡がある。無論この城も文字通りゴッドレッド王に因んだものだ。この城の近くには千年前にゴッドレッド王が敵軍と戦った古戦場跡があるし、それを記念した橋も架かっている。更にその縁か、ピール・ゴッドレッドの町はソドー連隊の駐屯地にもなっている」
バートの列車は右へカーブし南へと走る。間もなく終点のアールズデール駅だ。
「今向かっているアールズデール駅の更に向こう側には小高い山があるんだが、そこにもウルフステッド城という城の跡があってね。その城には、我々がこれから捜しに行くデュークの名前の由来にもなったソドー公爵が代々住んでいたらしい」
「ふむ、よくご存知で」
「凄いな、どうしてそんなことまで知っているんだ」
オードリー師の弁に重役は目を丸くし、ボストン師は口をあんぐりと開けている。
「いやいや、今話したことは弟の受け売りが大半だよ」
「ああなるほど、ジョージか」
納得したボストン師が重役のために説明を付け加える。
「彼の弟はロンドンで図書館の司書をしているんですが、鉄道だけでなく地理や歴史にも精通していましてね。とりわけこのソドー島には強い関心を持っているらしい」
「ああ、ジョージ・オードリー氏なら知っていますとも。先日もこの鉄道を訪れて、私に取材したり線路の近くを散策したりしていたばかりだ」
「おや、ジョージもここに来たんですか?」
重役の思いがけない答えにボストン師が驚くと、重役の代わりにオードリー師が何食わぬ顔で答えた。
「ソドー島の鉄道を舞台に物語を書くならまず実際のソドー島を知らなきゃいけないと言うので、私が絵本の執筆で忙しい時などはジョージが度々この島を訪れては取材の成果を私に報告してくれるんだ。もっとも、近頃は私に情報を提供するためと言うよりは寧ろ自分自身の好奇心を満たすために取材している部分が大きいらしいがね。おかげで、執筆するのに何の役にも立たないことまで報告してくるようになった。彼はどうやらこのソドー島の魅力に心を奪われてしまったらしい」
ボストン師が深く頷く。
「そうだな。でもこの島のせいで心を奪われたのはジョージだけじゃないさ。僕もそうだし、君だってそうだろ?」
「ああ、その通りだよ。この島にはまるで魔法のような不思議な力がある」
「魔法か。リアリストの君の口からそんな言葉が飛び出すとは珍しいな」
「私自身そう思うよ」
「だが、確かにその通りだ。この島の魅力は魔法という言葉でしか言い表せない」
 彼らがふと前方に目をやると、小ぢんまりとした終点アールズデール駅が見えてきた。列車は徐々に減速しながらホームへ滑り込み、やがて停止すると同時にバートが大きく蒸気を上げる。
「さあ着いた。魔法の正体とデュークの居場所と、どっちが先に見つかるかな」
重役が冗談を言いながら客車を降り、二人の牧師が後に続いた。
「頑張ってください!」
バートが声援を送り汽笛を鳴らす。三人は振り返り、彼に向かって大きく手を振った。
 長い闘いの始まりだった。

 ◇

 拝啓、公爵閣下。
 一つ、私の愚痴をお聞きいただけないでしょうか。今は閉鎖されてしまったこの鉄道には、全部で十台ほどの機関車がやって来ては去っていきました。私はこの鉄道で最初の機関車でしたから、他の機関車全員が後輩ということになります。
 先代の公爵が、自分の跡継ぎとして立派なソドー公爵に相応しい人物になれるようにと苦労してお育てになったのが閣下です。そして閣下も、出征するまで同じようにご子息をお育てになっていたはずです。人間と違って機関車の場合に難しいのは、自分とは全く別の環境で育ち全く別の価値観を持ってやって来た後輩機関車を育てなければならない点です。この鉄道は閣下の御曾祖父たる初代ソドー公爵のおかげで出来た鉄道であり、私自身も公爵の名を拝領しているわけですから、少なくともソドー公爵の名の恥とならないような立派な機関車を育てなくてはと私は思ったのです。
 とは言え、そんな事情を知らない若い機関車達はみな自己流の仕事をしては鉄道に混乱と遅れを招き、やがて様々な理由によってこの鉄道を去っていきました。
 特に酷かったのが二号機関車です。彼は長年アメリカで働いていたらしいのですが、とかく乱暴に仕事をするしか能がない機関車でした。脱線などは日常茶飯事で、失敗しても「アメリカじゃちょっとの脱線くらい誰も気にしない」と言い訳すれば許されると思っている鼻持ちならない奴でした。外国には物を滅茶苦茶に壊す野蛮人がいるらしいという話を私の機関士から聞いたことがありますが、二号機関車はまさにそれを具現化したような荒っぽい機関車でした。アメリカという国にはあのような機関車しかいないのでしょうか。私も最初の内は面倒を見ていたのですが、やがて愛想が尽きてきたのです。それとほぼ時を同じくして、当時の支配人が二号機関車を役に立つようにすると宣言しました。何をするのかと思えば彼の車輪を取り外させ、何とあっと言う間にポンプのエンジンに変えてしまったのです。機関庫の裏で無様な表情を浮かべながらひたすら水を送り続ける姿は見ていて滑稽で、なるほど閣下の名を汚したのだから相応の報いだと思いました。その上、後からやって来た若い機関車達にこの話をするとみんな顔を真っ青にして真面目に働くので、当時の支配人は実に良い見せしめをしてくれたものだと思います。二号機関車はそれからしばらく機関庫の裏で働き、やがて東の鉱山近くへ移されたようです。彼がそれからどうなったかは存じ上げませんが、アメリカ育ちの根性なしのことですからどうせすぐにくたばったものと見えます。
 その点、他の若造達と少し違ったのが三号機関車と四号機関車です。彼らは性格こそ生意気であったものの、製造されてすぐこの鉄道に送られたためか余計な固定観念に縛られることなく、教えられた通りに仕事に打ち込むことができていました。無論、彼らだって失敗することは幾度となくありましたし、来たばかりの頃はそれこそどうしようもない役立たずでした。が、少年のように純粋な心を持っていた彼らは何だかんだで私の言うことはしっかり聞いて吸収しておりました。それ故、この二台を役に立つ機関車へと育て上げることは容易いことだったのです。だから、どんなに沢山の機関車が出入りしようが私と三号機関車と四号機関車だけは最後までこの鉄道で働き続けていました。特にこの鉄道の晩年などは、私はいずれ自分が老化で動けなくなったらこの二台に鉄道の今後を託すことになるのだろうなどと考えていました。けれどもそんな私の思いを知ってか知らずか、彼らはその度に言うのです。
「しっかりしてくれよ、ガミガミ爺さん」
「爺さんがぶっ壊れたら、面倒を見るのは僕らなんだから」
私はある意味、彼らの口達者なところに救われていたと言えるかも知れません。しかし、不景気と洪水が起こり鉄道閉鎖の折になると彼らも別の会社に売却され、終点の駅の近くにある工場で働くこととなりました。誰にも買われず機関庫に置き去りにされるであろう先輩機関車を差し置いて自分らだけ勝手に新しい職を見つけるとは、最後までつくづく礼儀知らずな奴らです。そして、別れる時に四号機関車が放った一言がまた気に食わぬものでした。「いい鉄道が見つかったら三台でまた一緒に暮らそう」などと言うのです。人間のために力を尽くすことが務めである機関車たるもの、ほんの一時の間だけ共に働いた仲間の機関車を顧みて古い職場に未練を残すなど本来あらざるべきことです。まして、また一緒に暮らそうだなんて気休めにもならないことをよくもまあぬけぬけと言えたものです。それなのに、その時の私は四号機関車の言葉を咎める気にはなれず、ただ力なく笑っているしかなかったのです。
 ⋯⋯さて、いささか愚痴が過ぎました。私は先ほど、人間と違い機関車は自分と別の環境で育ってきた後輩を育てなければならないと述べましたが、よくよく考えればこれは人間にも当てはまることでしたね。例えば、ソドー連隊を率いる閣下は隊中にいる多数の兵士全員を忠実な部下に育てる必要があったはずです。また、戦地に赴いて他の隊と合流すると、故国も思想もまるで違う兵士が新たな仲間となったことでしょう。その中にはアメリカ兵も数多くいたと聞いておりますが、アメリカの者というのは例の二号機関車のように野蛮な者ばかりなのでしょうか、それともまともな者もいるのでしょうか。
 それはさておき、その戦地に閣下がご出征なさった後、先に述べた通りこの鉄道は不景気という苦難に見舞われました。それでも私共は、ただ閣下がご帰還なさることばかりを待って働き続けました。我らが大英帝国の属する連合国軍が戦争に勝ったという知らせはこのような孤島にさえ薄々聞こえてきましたが、それでも閣下が帰って来ることはありませんでした。ご帰還を待たずして大洪水が発生し、鉄道は呆気なく閉鎖。若い機関車達が去って私は独り機関庫へと取り残されましたが、必ず閣下はこの地へ戻って来ると信じておりましたから孤独は感じませんでした。けれど寂しさはありました。私はその感情を無理に打ち消そうとし、閣下は戦勝の喜びに浸っていてほんの少しの間この鉄道のことを忘れているだけなのだ、と思うことにしました。戦争に勝ったのなら早かれ遅かれこの故郷で凱旋を行うはずだ、その時は私が閣下とご子息リチャード卿をお乗せして再びこの鉄道の線路を走ろう、と。しかし、どんなに私がそう思い詰めたところで一向に閣下が現れる気配はありません。
 閣下は今、どこで何をしておいでなのでしょうか。

 ◇

 捜索は困難を極めていた。何もない荒れ果てた山から地図と伝聞だけを頼りに小さな機関車を捜し出さねばならないのだから当然ではある。重役も二人の牧師も、今日が何日目の捜索であるか数える気力さえ失くしていた。捜索そのものは惰性化し、雑談にばかり花が咲く。
「オードリー先生は、この島の鉄道について絵本を書き始めて何年になられる?」
重役が双眼鏡を覗き込みながらオードリー師に尋ねた。
「およそ二十五年でしょうか」
オードリー師が地図に目を落としたまま答える。
「ほう、そんなに長く?」
「ええ。最初の頃の私はこの島のことに関してまだまだ無知でしたから、僅かな知識を元に、島の中南部を横断するソドー鉄道のことばかりを題材にしていました。やがて研究を進める内に、この小さな島には他にも沢山の鉄道があることを知り、それらで働く機関車達のことも物語の中で取り上げるようになった。中東部のスカーロイ高山鉄道、北東部のカルディー・フェル登山鉄道、そしてあなたが運営する北西部のアールズデール軽便鉄道。それぞれの鉄道と機関車にはそれぞれ違った良さがあるし、そこで鉄道と共に在る人々の生き方もまた実に魅力的だと思うのです。だから鉄道に触れるだけでなく、そこで働く人々と交流を深めるのも楽しい」
ウィルバート・オードリーという男はどちらかと言えば寡黙だが、ひとたび自身の興味や鉄道観を語り出すととことん饒舌になる。それは重役も承知していた。
「確かに、鉄道を通じた人脈というのは高い価値を持つものですな。私がこの鉄道の重役になれたのはソドー鉄道の局長やスカーロイ鉄道のご重役方と旧知だったおかげだし、今回のデューク捜索も、機関車達の間で噂になっていたデュークの話が鉄道関係者の間を巡り巡って我々の耳に入ったからこそ実現したものだ」
すると、先ほどからしきりに周辺の風景をカメラで撮影していたボストン師が話に割って入ってきた。
「その通り。僕がウィルバートと知り合ったのも、彼の家に沢山の鉄道模型があるらしいという噂を聞いて僕が押しかけた二十年前のあの日が全ての始まりさ。確かその時は私が二十五歳で、彼が、ええと、五十歳くらいだったかな」
「三十九歳だ。君には私がそんなに老けて見えたのか。大体、君と私の出会いの話は今は別にどうでもいいだろうテディ。それより私が言いたいのはサー・ハンデルとピーター・サムのことだよ」
「スカーロイ鉄道の三号機と四号機のことかい?」
「ああ。その二台がピール・ゴッドレッドにあるアルミニウム工場から売却されて今の鉄道にやって来た機関車だということは知っていたが、彼らがその前に働いていた鉄道やそこの機関庫で眠る古い機関車のことなどは、恐らくこの島の鉄道で働く人々との繋がりがなければ知り得なかったろうな」
「そうだね。それにしても、廃線跡から機関車を見つけ出すとなると本来なら見つけた後で機関車の引き取り先をどこにするか揉めるところだろうが、今回はサー・ハンデルとピーター・サムの件があるからスカーロイ鉄道が引き取るということで簡単に解決しそうだ」
「と言いつつ、もしその件がなければ君が引き取りたかったんだろう?」
「まあ、本音を言えばね」
苦笑するボストン師に、重役が不思議そうな顔で質問する。
「ボストン先生が引き取る? 引き取ってどうするんです?」
「なあに、本気で引き取ろうと考えているわけじゃありませんよ。僕は自分の牧師館の庭園に線路を敷いて、数年前からちょっとした鉄道を経営しているんです。職を失ったスクラップ待ちの機関車なんかを中心に引き取って、休日になると子供達を乗せて走らせるんですがね」
「牧師館の庭に鉄道を? それはまた大がかりな。⋯⋯しかし、とても素晴らしい試みだ」
「テディの鉄道には私も行ったことがあるが、それはもう見事なものですよ。重役も今度一緒にどうです?」
オードリー師が言うと、ボストン師が更に付け加える。
「僕の機関車達は、ここの機関車達と同じようにみんな素直で役に立ちます。できることならデュークもその仲間に入れたかったのだが、中部ソドー鉄道の軌間は六八六ミリだったのでしょう? あいにく僕の鉄道は六一〇ミリでして、デュークを走らせることができないのですよ。まあそれ以前に、いくら機関車マニアの僕でも、かつての先輩機関車に会いたがっているサー・ハンデルやピーター・サムの願いを壊してまで彼を自分の牧師館に連れ去る気にはなれませんからね」
オードリー師と重役は、ボストン師の言葉に無言で深く頷いた。
「いやあしかし、こんな話をしていたら牧師館の機関車達の様子が気掛かりになってきたな。長旅に出ている私を心配しているに違いない」
「おいおいテディ、そういう時は機関車よりもまず奥さんを心配してやるべきだろう」
「え? ⋯⋯なるほど確かにそうだな。妻はちゃんと僕の機関車達の世話をしてくれているだろうか」
これには流石のオードリー師も呆れて黙り込んだ。重役は可笑しそうに顔を綻ばせている。
 肝心の捜索は一向に進展しない。地図と照らし合わせればこの辺りに古い駅があったことは明白なのだが、あと一歩のところでデュークの機関庫が見つからない。廃線跡とは言っても辺りには荒廃した山しかなく、雑草が生い茂る土地には線路らしきものも何一つ見当たらない。
「鉄道が閉鎖されて二十二年が経っているからなぁ。雑草が生えるのは勿論のこと、その二十二年の間に冬の大雨で山崩れも起こったらしい」
「確か、鉄道が閉鎖される直前の冬に洪水が起きたと言っていましたな。その洪水のせいで地盤が緩んでいたために山崩れが起こったという可能性もありませんか」
閃いたようにボストン師が尋ねたが、重役は否定する。
「いいや、洪水はここよりも東にあるキャス=ニー=ハウィン近くの鉱山地帯で発生したと言われていましてね」
「その洪水も大雨が原因ですか?」
「そう思うでしょう。だが話によれば、鉱山で水を供給していたポンプ用のエンジンが壊れたことにより水が氾濫して洪水に至ったんだとか」
「ポンプが壊れて洪水? 酷い不良品だ、きっとアメリカ製のポンプだな」
生来の米国嫌いであるオードリー師が冷たい声で皮肉を言うと、ボストン師はげらげら笑った。重役は別段面白いという風でもなく軽い愛想笑いを浮かべただけだった。
「壊れた時点でポンプのエンジンはかなり老朽化していたそうだが、詳しいことはよく分からない。デュークを見つけ出して当事者の話を聞かないことには真相も不明のままだ。もしデュークからこうした中部ソドー鉄道の話を聞き出すことができれば、オードリー先生の絵本のネタも増えることになるでしょうな」
オードリー師はただ黙って微笑んでいる。代わりにボストン師が
「なるほど、我々を捜索隊に参加させたのはそういう意図があってのことだったのですね」
と答え、にやりと笑った。
 このように雑談を繰り返していても埒が明かないと言うので、三人は二手に分かれて捜索を継続することになった。重役は東の森へ、牧師コンビは西の森へ。
「重役はああ言ってくれたが」
小山の草藪を掻き分けながら、オードリー師が後ろのボストン師に向かって静かに話しかける。
「絵本を書くのもだいぶ疲れてきたよ」
「おいおい、急に何を言い出すんだ。毎年毎年、君が書く物語を世界中の子供達や鉄道ファンが楽しみにしているんだぞ?」
「分かってる、それは分かってるさ。読者もいるし、その読者に存在を伝えたい鉄道もこの島には沢山ある。だが、それを満足のいく文章に起こせるだけの私の想像力がすっかり消えてしまったような気がする。若い頃には水が溢れんばかりだった井戸が、今では完全に渇き切ってしまったようだ」
ボストン師は思わず口を噤み、しばらくして先ほどより暗い声で聞いた。
「本当に終わらせるつもりかい?」
「今すぐにというわけじゃないがね。あと二、三巻ぐらいは頑張って書いてみようと思うが、それ以上は書ける自信がない。かと言って読者の期待を裏切るのも忍びない。もし私に代わって筆を執ってくれる人間がいるならお願いしたいものだが、鉄道を中途半端にしか知らない者に託しても作品やこの島が汚れてしまうだけだ。ならいっそ、君のような人が書いてくれた方が私としても気が楽だよ」
「勿体ない頼みだが、知っての通り僕は写真専門だからね。物書きは向かないよ」
そう言ってボストン師はカメラを取り出し、藪にぶつからないよう注意しながらオードリー師に向ける。
「そうか⋯⋯となると、他に頼めるのはジョージぐらいだな」
物思いに耽るオードリー師の後ろ姿を捉えシャッターを押そうと構えたボストン師が、ふと被写体に質問をぶつける。
「君の息子──クリストファーは今年で何歳になるんだい?」
「二十九歳だよ」
「君が鉄道の本を書き始めたのは、麻疹に罹った幼い息子に機関車の話を語って聞かせたのがきっかけだと言っていたよな?」
「そうだ」
「それなら本の続きもクリストファーに書いてもらえばいいじゃないか」
「⋯⋯え?」
オードリー師が思わず振り向くと同時にボストン師のカメラが光った。
「⋯⋯クリストファーに書けるだろうか」
「書けるに決まってる。何てったって君の読者第一号なんだぜ? それに、君が物語を書く姿を誰よりも長く見てきた人間だ」
ボストン師は語調を強めたが、オードリー師はまたも黙って微笑み、しばらく経って「考えてみるよ」と曖昧に返しただけだった。
 ふと気が付くと二人は藪の中を抜け、小高い丘の上に出ていた。ずれた眼鏡を掛け直して辺りを見回すが、そのような所にデュークがいるはずもない。
「今日も無収穫か」
寂しげに呟いて引き返すボストン師の後に続き藪の中へ戻ろうとしたオードリー師は、改めて後ろを振り返り西の方角を見た。既に日は沈んでいて、辺りは暗闇に飲み込まれようとしていた。

 ◇

 拝啓、公爵閣下。
 本当に大切なものというものは、失って初めてその価値を知るものです。いつでも下らない口喧嘩ができると信じていた三号機関車と四号機関車は、私に小生意気なことを言ったのを最後に別の場所へ売られていきました。いつでも私の罐に火を灯してくれると信じていた機関士と機関助手は、もう二度と蒸気を上げないであろう私の車体にシートを被せて別れを告げ、新しい働き口を見つけるため去っていきました。そして閣下もまた、この島からいなくなったきりお戻りになりません。
 大変失礼なことを申し上げます、どうかお許しください。ソドー公爵閣下、あなたは生きておられるのですか? 生きておられるのならどうか返答を賜わりたい。いいえ、返答がないであろうことは重々承知しております。戦争に死は付き物であり、それは閣下が出征なさった時から私も覚悟しておりました。とは言え、仲間や相棒だけでなく主君までも失い機関庫に封印された今の私の如き老機関車に、もはや他に何が残っていると言うのでしょう。
 いっそ閣下の後を追おうとさえ考えました。しかし私は、どんなに脱線しても命は無事だった二号機関車が支配人によってポンプのエンジンに変えられたあの日、密かに悟ってしまっていたのです。機関車は、人間の手を借りねば命を絶つこともできないのだと。だとすれば私はこのまま、永遠に光を得ることのない暗闇の中で生ける屍と化すのでしょうか。
 閣下は今──

 ◇

 「そう言えば」
オードリー師が思い付いたように声を上げた。
「デュークが置き去りにされたままだということを、公爵閣下はご存知なのですか?」
重役が答える。
「勿論知っているとも。何せ、スカーロイ鉄道で噂となっていたデュークの話を私に直接教えてくれたのは他ならぬ閣下ご自身ですからな」
「ほう、そうでしたか」
 捜索は相も変わらず難航していた。重役も両牧師も心底疲れ切った顔をしている。中でもボストン師などは、捜索開始時はでっぷりと太っていた巨体が近頃は若干痩せてきたようにさえ見える。だが資料研究や現地調査を重ねる内、デュークが閉じ込められている機関庫の位置がだいぶ絞り込めてきた。
「デュークはこの近くにきっといるはずだ」
三人は文字通り血眼になって消えた機関車を捜し続けていた。
 しかし、それでも雑談は絶えない。地図を見つめているオードリー師にボストン師が話しかける。
「ウィルバートは、南アメリカの消えた機関車の話を知っているかい?」
「ああ知ってるとも。ブラジルのジャングルに三十年間も放置されていた機関車だろ?」
「そうさ。その機関車はボロボロの状態で発見されたが、再び修理されてからは三十年にも渡り役に立つ機関車として立派に働いたと言われている」
「もし我々が同じようにデュークを見つけて修理したら、彼はそこから何年働けるだろうか」
「五十年、いや、百年は働けるだろうな」
「どうしてそう思うんだい?」
「どうしてかって? 決まってるじゃないか」
そう言うとボストン師はオードリー師の地図を奪い取り、それを目の前に広げた。
「この島が魔法の島だからだよ」
「⋯⋯魔法の島、か⋯⋯」
「まあ、我々がデュークを百年以内に見つけられればの話だが」
ボストン師は愉快そうに笑い、目を細めているオードリー師をよそにずんずんと歩き始める。
「さて、僕はあの小山の上の方を調べてみよう。二人は麓の方を調べてほしい。デュークの機関庫は確実にこの辺りにあるはずなんだ」
急斜面をよじ登っていくボストン師の大柄な後ろ姿を、オードリー師は無心に何かを考えながらぼんやり眺めていた。
「魔法なんてものがもし本当にあればな⋯⋯」
 次の瞬間、オードリー師は何が起きたか理解できなかった。たった今まで視界の中にあったボストン師の後ろ姿が突然消えた──そこまでを理解した時、静かな小山に大音が響いた。木材が割れるような音と鉄を叩くような鈍い音が聞こえた。先ほどまでボストン師がいた地面にはぽっかり穴が空いている。オードリー師と重役は無意識の内に小山の方へ走り出していた。
「おいテディ、大丈夫か!」
オードリー師は穴の中を覗き込む。ところが、ボストン師の声は存外元気そうだ。
「大丈夫に決まってるだろ! おい、見つけたぞ! 眠れる森の美女⋯⋯いや、機関車だ!」
はっとしてオードリー師が穴の中の暗闇に目を凝らすと、ボストン師は緑色のシートで覆われた何かの上に跨がっている。シートの下のそれは薄汚れた茶色いサドルタンクであり、石炭の入っていない炭水車であり、蜘蛛の巣が張られた煙突だった。軌間は目測でちょうど六八六ミリメートル程度。間違いない、という顔でオードリー師が隣の重役を見ると、重役もまた驚嘆の表情を浮かべて頷く。その時、ボストン師の下から重々しい咳払いが聞こえた。
「失敬だが、あなた方は野蛮人ですかな? 連中は物を滅茶苦茶に壊すらしいと機関士から聞いたのだが」
多少しわがれてはいたが、二十年の眠りから覚めたばかりとは思えないほどに明朗で貫禄に満ちた声であった。

 ◇

 拝啓、公爵閣下──いいえ、前公爵閣下。
 まずは一つ、あなたの後を追おうなどと一度でも考えてしまいましたことをどうかお許しください。人間が戦争で命を落とせばあなたのように武勲を称えられることもございますが、機関車が一台死んだところでそこには何の意味もありません。機関車の存在価値は生きて役に立つことにしかないのだということを私はようやく思い知らされました。
 結局のところ、あなたが私の前に姿を現すことはありませんでした。代わりに機関庫の天井を破って侵入してきた男達のことを、私は最初てっきり野蛮人かと思いました。ところが、彼らは私を三号機関車と四号機関車に会わせるべくやって来た捜索隊だと言うのです。三人の男の内、一人は我々の鉄道の跡に敷かれた新しい鉄道のご重役で、残りの二人は鉄道をこよなく愛する牧師でした。彼らは私の汚れた車体を綺麗に磨いてくれました。磨いている間、二人の牧師は私の現役時代の話をしてくれと頼んできました。何とも風変わりな男達でしたが、彼らに話をしたおかげで昔の思い出に浸ることができました。
 彼らは「公爵閣下がもうすぐここに見える」と言いました。この時、私はまだ自分が夢を見ているのではと思っておりました。間もなくご重役が連れて来たそのお方はあなたではありませんでした。が、確かに「公爵閣下」でした。
 梯子を伝って私の前に降り立った公爵閣下──現公爵閣下は二十代にして威厳に満ちておられ、私は一瞬あなたと見違えたほどです。父公の帰りを待つだけの赤子であられたリチャード卿がここまで立派な公爵になられたかと、私は感涙を堪えるのに苦労致しました。
 私とて鉄道を走る蒸気機関車としてのプライドがありますから道路を運ばれるのはあまり気持ちの良いものではありませんが、ご重役が運営する鉄道は私を運べるほどの規模を持ち合わせていないので致し方なくトラックの荷台に揺られて機関庫跡を離れました。しかし、久方ぶりにアールズバーグの大きな町に到着すると、数え切れないほどの人々が私を待っていたのです。私は喜ぶと同時に、これほど多くの人々の存在を忘れ自らの命を捨てても良いなどと考えていた自分の愚かさを恥じました。
 私共の働いていた鉄道は島の北西に位置しておりましたが、私の新居は島の南東にございます。この近くの工場で修理を受けることになっているのですが、修理まではまだ長い時間がかかるとのこと。二十年ぶりの日の光は今でも少し眩しいので目を閉じてしばらく眠ろうと試みるものの、礼儀知らずの三号機関車と四号機関車がやって来てそれを阻み「今度こそ僕らが爺さんの面倒を見てあげるよ」などと生意気を抜かすのです。彼らは以前と名前が変わりペンキも塗り替えられておりますが、性格はちっとも変わっておりません。私は笑って追い払いましたが、またこうしてたわいない口喧嘩ができることがどうしてかこの上なく嬉しいことのように思われます。
 さて、この老体を修理して、私はこれからどれだけ役に立つ機関車として働けるでしょうか。まずは今後の新しい生活に向けて体を休めるため、この新天地でもう一眠りすることに致します。
 それでは閣下、また夢でお会いしましょう。

                                    敬具




参考資料

□文献
○『汽車のえほん(The Railway Series)』ウィルバート・オードリー著
・第20巻『100さいの機関車(Very Old Engines)』
・第22巻『小さな機関車たち(Small Railway Engines)』
・第25巻『きえた機関車(Duke the Lost Engine)』
○『The Thomas the Tank Engine Man』ブライアン・シブリー著

□映像
○『きかんしゃトーマスとなかまたち(Thomas and Friends)』ガレイン・エンターテインメント及びヒット・エンターテインメント制作
・第87話「ガミガミじいさん(Granpuff)」
・第88話「ねむりひめをさがせ(Sleeping Beauty)」
・第89話「ブルドッグ(Bulldog)」
・第90話「かちめなし(You Can't Win)」
・長編第8作『キング・オブ・ザ・レイルウェイ トーマスと失われた王冠(King of the Railway)』

□ウェブサイト
Thomas the Tank Engine Wikia
Wikipedia(英語版)


イラスト

○ロバート・ゴールド=ガリアーズ画「デューク像」模写
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Konkon

どうも管理人です。
きかんしゃトーマスが好きなだけの一般人。よろしくお願いします。