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質問箱より Q4「ハリー('Arry)について」

研究・考察
06 /21 2016
○Q
 ディーゼル機関車のハリーは英語で'Arryと表記されるが、このアポストロフィーの意味は何か。

○A
 第5シーズンより登場した二台の小型ディーゼル機関車ハリーとバートの内、ハリーの名前は原語版では'Arryと表記され、基本的に「アリー」と発音されています。しかし日本語版では表記・発音共に「ハリー」。何故このような差異が生じているのでしょう。そして、原語版の表記方法にはどのような意味があるのでしょう。
 まず前提として、アポストロフィーの前に省略されている文字はHであり、呼称も本来は日本語版のものと同じく「ハリー」です。私も英語学に精通しているわけではありませんので何故そう言えるのか聞かれると辛いものがありますが、例えば原語版のナレーションを聞いていると、時折「アリー」の前に弱くhを発音していると思しき部分があるのです。では何故そのHが省略されるのか、ということですが、例えばフランス語やイタリア語、スペイン語などラテン語の影響を受けた言語の中には、特に語頭のhを発音しない文化を持つものが多いです(H-droppingと呼ばれる現象です)。実際、「ハリー(Harry)」という男性名は元々「ヘンリー(Henry)」が転訛したものであり、そのヘンリーはフランス語に由来する名前で本来は「アンリ(Henri)」と発音されていました。ですから例えば『ハリー・ポッター』シリーズの原語版では、フランス出身の登場人物の台詞にはhの音を発音しない独特の訛りが含まれ、表記の上でもhはアポストロフィーを用いて省略されています(無論Harry→'Arryもその一例です)。
 しかし、だからと言ってトーマスシリーズに登場する'Arryの発音・表記がフランス語に由来しているというわけではありません。フランスやイタリアほど一般的ではないにせよ、イギリスにおいても、ロンドンをはじめイングランドの西部地域、中西部地域、北部地域やウェールズなどの一部地方にはH-droppingの起こる方言が少なからず存在します。では、ハリーが働いているソドー島もそうした言語圏の中の一つなのか、と言うとそういうわけでもありません。その証拠として、ソドー島のカルディー・フェル登山鉄道の社長ハリー・バレイン卿と、彼に由来する名前を持つ機関車ロード・ハリー(現パトリック)の名前にも「ハリー」が含まれますが、彼らの名前はいずれもHが省略されることなくHarryと表記されています。また、ハリーとバートの初登場と同時期に制作されたエピソードである第5シーズンの「ひとだすけ」では、カーニバルの主催者としてハリー・トッパーなる人物の名前が登場しますが、彼の名前もやはりHARRY表記。となると恐らくは、'Arryという名前の持ち主であるハリー自身ないしその名前を呼ぶ機会が最も多いであろう相棒のバートの一方または両方が、hを発音しない言語圏の出身であると見るのが妥当ではないでしょうか。
 事実、初登場時から現在に至るまでのハリーとバートの台詞の中には、語頭のhを発音しなかったり極めて弱く発音したりといったケース(例:he, him, have, help, here, hello, Henry等)の他、「エイ[ei]」という音を「アイ[ai]」と発音する(例:day)などの独特な訛りがしばしば含まれます。H-droppingの起こる方言はイギリスに広く存在すると前述しましたが、特にロンドンの労働者階級の間で話されてきたコックニー訛りにはこのような特徴がよく見られます。トーマスシリーズのキャラクターで言うと、奇しくもハリーとバートの初登場回である「まいごになったステップニー」のアメリカ版ではステップニーがこのコックニー訛りを使っていますし(ステップニーの名前がロンドンの東北東にある地区の名前に由来することが理由と考えられます)、ハリーとバートと同様スクラップを扱う仕事をしているレッジもこの訛りで話します。前述の『ハリー・ポッター』にもこの訛りの登場人物が出てきますね。またコックニー訛りは、物語の中などではその発生の経緯から話者の身分の低さを象徴する要素としても用いられることが多く、オードリー・ヘップバーン主演のミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』では、コックニー英語で話す主人公が上流階級の仲間入りをするため訛りを矯正する過程が描かれています。スクラップ置き場というあまり好まれない職場で働くハリーとバートやレッジがこれに近い訛りで話すのも、訛り自体が与えるイメージを制作側が意図してのことと考えられます。もっとも、私の拙い耳からするとレッジの台詞にはhの欠落が殆どないように聞こえるため、彼の訛りはハリーとバートやステップニーほど強い訛りではないのかも知れません。
 話が逸れましたが、要するに'Arryという発音及び表記は、本来ならばHarryであるべきところをハリーとバートの一方または両方が自身の方言を含めて発音すると「アリー」となるため、それを文字化した結果として生まれたと見るのが良いと思います。サイトによってはハリーとバートの間でも訛り方に微妙な違いがあり出身地が異なるという可能性を指摘しているものもありますが、あいにくネイティブスピーカーに匹敵するだけの英語力を持たない私には、彼ら二台がいずれもロンドン近郊かそれに近い方言を持つ地域の出身であると推定することが限界ですので、これをもって結論とさせてください。
 ちなみに、方言混じりの英語を表記する際に正式な表記とは異なる文字を使ったり無音部分を省略しアポストロフィーで補ったりして文字化することを視覚方言(eye dialect)と呼びます。『ハリー・ポッター』シリーズをはじめとする文学作品ではしばしば用いられる手法で、『汽車のえほん』シリーズの場合はスコットランド訛りの表記がその典型ですね。しかし、こと固有名詞に関しては、Harryが正式名称でありながら劇中のみならずメディア展開の上でもそれが一切示されず'Arryという視覚方言ばかりが用いられる、といった例は珍しいのではないかと思いますし、日本で名前がハリーに修正されているのもそうした理由からではないかと私は推測します。ですがその一方、人工物である機関車の名前というものはそもそも最初から愛称であって正式名称などは必要ない、という側面もあることは事実です。ですから、ハリーの名付け親が誰であるかは不明ですが、それがハリー自身やバートではないと仮定した場合、ハリーとバートだけでなく、ハリーの名付け親である何者か(例えば彼の製造に携わった技師や作業員など)が訛りを持つ言語圏の出身だったという可能性も考えられます。また、名付け親が標準語話者(例えばトップハム・ハット卿など)であったとした場合、名付け親がHarryという名前を与えたところハリーとバートのいずれかが'Arryと訛って発音したためその発音が名前として定着した、という説を唱えることも可能です。いずれにせよ、劇中では悪役かつ脇役であるハリーとバートについてすら、名前の表記方法を考えるだけでこれほどキャラクターの深層に迫ることができるというのは実に興味深いことですね。
 余談ですが、ハリーと同じような視覚方言的固有名詞の例として、ミスティアイランドにあるクレーンのオールド・ウィージーが挙げられます。オールド・ウィージーの名前は原語版ではOl' Wheezyと表記され「オール・ウィージー」と発音されていますが、これはバッシュ、ダッシュ、ファーディナンドの出身地と思われるアメリカの一部地域でoldをol'と訛る視覚方言が多用されることに由来するのでしょう。
 以上、私なりに考えを述べさせていただきましたがいかがでしょうか。

参考資料

□文献
○『ヨーロッパ人名語源事典』梅田修著
○『英語固有名詞語源小辞典』苅部恒徳編著

□映像
○『きかんしゃトーマスとなかまたち(Thomas and Friends)』ガレイン・エンターテインメント及びヒット・エンターテインメント制作
・第117話「まいごになったステップニー(Stepney Gets Lost)」
・第126話「ひとだすけ(Make Someone Happy)」
・第145話「まんなかのきかんしゃ(Middle Engine)」
・第171話「ファーガスときそく(Fergus Breaks the Rules)」
・第198話「ハロウィン(Halloween)」
・第207話「パーシーときてき(Percy's New Whistle)」
・長編第2作『みんなあつまれ! しゅっぱつしんこう(Calling All Engines!)』
・第219話「あたらしいきかんしゃネビル(Thomas and the New Engine)」
・第288話「トーマスとくさいチーズ(Thomas and the Stinky Cheese)」
・第337話「ビクターはおおいそがし(Victor Says Yes)」
・第361話「ヘンリーのとくべつなせきたん(Henry's Happy Coal)」
・第374話「こわれたオールド・ウィージー(Ol' Wheezy Wobbles)」
・第378話「シマシマのゴードン(Bust My Buffers!)」
○『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人(Harry Potter and the Prisoner of Azkaban)』ワーナー・ブラザース制作
○『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)』ワーナー・ブラザース制作

□ウェブサイト
Thomas the Tank Engine Wikia
Wikipedia(英語版)
Wikipedia(日本語版)
英辞郎 on the WEB
英国ニュースダイジェスト
ポッターマニア
真の英語力をつけるための50の気づき
Large Language Linkage

執筆:2016年6月12日
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Konkon

どうも管理人です。
きかんしゃトーマスが好きなだけの一般人。よろしくお願いします。